医療法人がその事業の一部を譲渡するとき、どのよ うな手続を経る必要があり、どのような点に注意するべきなのでしょうか。
医療法人の一部譲渡手続
医療法人の事業譲渡の手続について、医療法上に特別の規定はありません。そこで、会社法で規定されている事業譲渡の手続を参考にしつつ、医療法人の定款、寄附行為上の手続を履践して、個別の権利の移転手続を行うこととなります。また、行政上の各種手続を経ることも必要です。
事業譲渡契約の締結
医療法人の事業の一部を譲渡する場合、譲渡法人と譲受法人との間 で譲渡対象とすることを合意した債権債務のみが承継されるので、事業譲渡契約書において、譲渡対象となる権利や義務を特定する必要があります。
法人内部の手続
譲渡法人
事業の一部たる診療所や病院を譲渡することは、社団医療法人においては理事会決議を、財団医療法人においては理事会決議と評議員会の意見聴取を経ることが必要となります。
さらに、定款や寄附行為において、「重要な財産の処分」や「その他重要な事項」については社員総会決議が必要である旨が定められている場合も多いです。
その場合、診療所や病院を一つまたは複数、譲渡することは、かかる要件に該当す ることが多いと考えられますので、事業の一部を譲渡することについて、社員総会の決議を経ることが必要となります。
譲受法人
診療所や病院を譲り受けるのは、医療法上は、譲受法人が社団医療法人であれば理事会決議を、財団医療法人であれば理事会決議と評議員会の意見聴取を経ることが必要です。
しかし、譲渡法人と同様に、定款や寄附行為で「その他重要な事項」について社員総会決議や評議員会決議が必要である旨が規定されていれば、同事項に該当するとして譲受法人も、社員総会または評議員会決議も経ることが必要となります。
また、医療法人は原則として、開設する全ての病院・診療所の管理者(通常は院長)を理事に加えなければならないため、譲り受けた病院または診療所の管理者に譲受法人の理事でない者が就任する場合、その者を譲受法人の理事に選任する手続が必要です。
行政上の手続
診療所や病院を譲渡する場合、施設としての診療所、病院やその施設内の設備、従業員等を譲受法人が譲渡法人から引き継ぐ旨を当事者間で合意したとしても、診療所や病院の開設主体が譲渡法人から譲受 法人に変わることとなるので、譲渡法人は都道府県知事宛てに廃止届を提出し、厚生局に保険医療機関の廃止届を提出する必要があります。
そして、譲受法人は都道府県知事から開設許可を得て、保険医療機関の指定申請をすることが必要です。また構造設備使用許可も得る必要があります。
これらの行政上の手続は、通常どおりに申請して許可を得ようとす ると数か月かかる場合もあり、譲受法人が想定している時期に診療行 為を開始できなくなるおそれがあります。
この点、仮申請が認められている手続もあり、また、遡及制度もあるので、事業譲渡を検討する際には、所管する都道府県の手続を調べ、事前に窓口で相談をして、行政上の許認可の見通しを把握しておくことが重要です。
医療法人の一部譲渡における注意点
医療法人の一部譲渡においては、どの事業(診療所、病院)を譲渡するかは当事者間で自由に合意でき、当該診療所や病院に係る設備や人、様々な権利について、いずれを譲受法人に譲渡していずれを譲渡法人の下にとどめておくのか、譲渡法人と譲受法人との間で任意に定 めることができます。
しかし、病院や診療所の運営に当たっては行政 の許認可を得る必要がある事項も多いため、当事者間の合意だけでは確定できないことがあり、特に、「病床の引継ぎ」には注意が必要です。
医療法人が診療所や病院において病床を設ける際は、都道府県知事の許可を得ることが必要です。
その許可は、当該法人に対して与えられているものなので、その病床を設置している病院または診 療所を譲渡法人から譲受法人に譲渡したとしても、病床の設置許可を 譲受法人が引き継ぐことはできません。
そこで、譲渡法人が病床の権利を返還し、譲受法人が開設者として、新たに病床を設置(増加)する許可を得る手続 をする必要があります。
しかし、譲渡法人が許可を得ていた当該診療 所または病院に関する病床の権利を全部返還したとしても、譲受法人に同数の病床の取得が必ず認められるものではなく、当該地域の既存病床数との関係で減らされたり、認められなかったりすることもあり得ます。
譲受法人としては、どれくらいの病床数の設置が認められるかは、譲り受けた病院または診療所を運営していくに当たって非常に重要な問題なので、許可の見込みについて、事前に都道府県の所管の部署に確認・相談をしておくべきです。